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産業技術大学院大学(公立大学法人 首都大学東京) 情報アーキテクチャ専攻 Web版InfoPress [社会人大学院][東京都品川区][IT]

学修成果を確認する仕組み(ディプロマサプリメント等)

(この記事は、すこし長いので、最初に目次を付けました)

学修成果 vs. 学位・成績証明書

大学院では修了要件(単位数、必修科目等)が定められ、これを満たすと修了が認められ、学位が授与されます。大学院を修了したこと、学位を授与されたことで、各大学院が設定する修了要件を満たしたことはわかりますが、修了生が何を勉強したのか、成績がよかったか悪かったか等はわかりません。単に大学院を修了し、学位を取得したことを示すだけあれば、これで足りるかもしれませんが、何をどのレベルで学んだかという学修成果を確認したり、示したりする役目を果たすことはできません。

情報アーキテクチャ専攻は約90%の学生が社会人である、いわゆる社会人大学院です。学位を取ることを目的とする学生もいますが、今後のキャリアアップ、ジョブチェンジのための専門知識の修得、あるいは継続学修によって各自の専門知識を最新にするための学び直しを希望している学生もいますので、学生が何をどのレベルで学んだかを詳細に客観的に示すことが期待されます。

現在でも学位には工学・理学等の漠然とした分野が付けられ、また首席等の成績優秀者が表彰されることがありますが、学修の成果を確認するには、別途、成績証明書を参照する必要があります。成績証明書であっても単に科目名と評価(優・良・可・不可、A・B・C・D、5・4・3・2・1等)が書かれているだけで、科目の内容及び評価の基準はシラバスまで参照する必要があります。シラバスの精度・内容も大学によって様々です。また成績優秀者の基準はGPA(Grade Point Average、成績の平均)等で決められることが多いように、学修成果の指標にはGPA値が使われることがありますが、GPA値算出の式は国どころか大学によって様々であり、各科目で評価基準が様々であり、またすべての学生が同じ科目を履修している訳でも無く、さらにたくさんの科目を、また難易度が高い科目を履修すればするだけGPA値が下がる傾向にあるという問題があります。

以下では、本学のディプロマサプリメント、当専攻の学修成果グラフという取り組みをまとめたいと思いますので、よろしければご一読ください。

ディプロマサプリメント

本学では、学修成果を修了生に提示する試みとして、平成25年度から修了生に対してディプロマサプリメント(学位の補足資料)を日本語及び英語で発行しています。

本学のディプロマサプリメントに関しては以下の記事でも取り上げていただきました。

EUで始まったディプロマサプリメントは本来Bologna Processに従ってEU各国での高等教育の質と水準の差を埋め、学位の互換性を高める目的が強く、学位自体の質と水準を基準にしたがって表現したドキュメントといったほうがふさわしいものでしたが、本学のディプロマサプリメントは、EU等が開発したディプロマサプリメントに準拠し、さらに専門職大学院としての教育の質保証の観点から独自のアレンジを行い、第5項目に学修成果グラフを掲載する等、各修了生の修学の成果(達成度)を公平・透明に証明でき、就職・転職活動あるいはキャリアアップに活かすことができるように工夫しています。以下に第5項目の例を示します。

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情報アーキテクチャ専攻の学修成果グラフは8軸のグラフです。この8軸の値は本学が定義する知識体系・知識単位に対する修学の成果(達成度)によって算出されます。

知識体系・知識単位

当情報アーキテクト専攻では、情報アーキテクトに必要とされる知識・スキル・業務遂行能力(コンピテンシ)の知識体系を以下の抜粋を示す、5段階から構成される知識単位で定義しています。「A: 情報アーキテクトに必要とされる知識・スキル」の知識単位は、当専攻の対象領域での現段階の標準指標に相当する、(独)情報処理推進機構IPA)の共通キャリア・スキルフレームワーク(CCSF)に準拠し、第3段階がCCSF大分類の10項目、第4段階がCCSF中分類の24項目、第5段階がCCSF小分類の約120項目から構成されています。第2段階のA1-A4は当専攻独自のカテゴリです。

  • A: 情報アーキテクトに必要とされる知識・スキル
    • A1: IT関連の基礎から応用に至る知識・スキル
      • K-01〔基礎理論〕
        • K-01-01《基礎理論》
          • K-01-01-01 〈離散数学〉知識項目例「2進数、基数、数値表現、演算精度、集合、ベン図、論理演算、命題 等」
          • K-01-01-02 〈応用数学〉知識項目例「確率・統計、数値解析、数式処理、グラフ理論待ち行列理論 等」
          • K-01-01-03 〈情報に関する理論〉知識項目例「符号理論、述語論理、オートマトン形式言語、計算量、人工知能、知識工学、学習理論、コンパイラ理論、プログラミング言語論・意味論 等」
          • K-01-01-04 〈通信に関する理論〉知識項目例「伝送理論(伝送路、変復調方式、多重化方式、誤り検出・訂正、信号同期方式ほか) 等」
          • K-01-01-05 〈計測・制御に関する理論〉知識項目例「信号処理、フィードバック制御フィードフォワード制御、応答特性、制御安定性、各種制御、センサ・アクチュエータの種類と動作特性 等」
        • K-01-02《アルゴリズムとプログラミング》(詳細省略)
      • K-02〔コンピュータ・システム〕(詳細省略)
      • K-03〔技術要素〕(詳細省略)
    • A2: 対象分野の業務に関する知識
      • K-08〔経営戦略〕(詳細省略)
      • K-10〔ビジネス知識〕(詳細省略)
    • A3: マネジメントの知識・スキル(詳細省略)
    • A4: 情報システムの開発に関する知識・スキル(詳細省略)
  • B: 情報アーキテクトに必要とされる業務遂行能力(コンピテンシー
    • B1: コミュニケーション
    • B2: 継続的学習・研究
      • B2-1〔革新的概念・発想〕
      • B2-2〔ニーズ・社会的・マーケット的視点〕
      • B2-3〔問題解決〕
    • B3: チーム活動

8軸のうち、右の5軸が知識単位A(第1段階)の第4段階(CCSF中分類)の24項目から5項目、左の3軸が知識単位B(第1段階)の第3段階B1-B3の3項目です。

人材像

情報アーキテクチャ専攻で育成することを目的としている「情報アーキテクト」とは、共通キャリア・スキルフレームワークの「ストラテジスト」、「システムアーキテクト」、「プロジェクトマネージャ」、「テクニカルスペシャリスト」、「サービスマネージャ」及び、本学が独自に設定した「グローバルスペシャリスト」、「事業アーキテクト」に渡る範囲の人材像の総称として定義されています。知識単位A(第1段階)の第4段階(CCSF中分類)は24項目ありますが、すべての人材像で修得すべき知識単位は同じではありません。修学成果グラフの右の5軸はこの24項目から人材像(コース)によって次の表のよううに5項目が決められています。ストラテジストの5軸はK-07-17《システム戦略》、K-07-18《システム企画》、K-08-19《経営戦略マネジメント》、K-08-20《技術戦略マネジメント》、K-08-21《ビジネスインダストリ》の5項目です。

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また、人材像(コース)ごとに設定されている推奨科目の履修により、修得すべき知識単位(5項目)が概ね修得できるように設計されています。以下はストラテジストの推奨科目の例です。

  • 「データインテリジェンス特論」
  • ビッグデータ解析特論」
  • 「情報インタフェースデザイン特論」
  • 「IT特論」
  • 「CIO特論」
  • 「標準化と知財戦略」
  • 「情報システム特論2(情報経営戦略)」
  • 情報アーキテクチャ特論2(経営情報解析)」
  • サービスサイエンス特論」
  • 「eビジネス特論」
  • 「プロジェクト管理特論2」
  • 「情報ビジネス特別講義1(法規)」
  • 「情報ビジネス特別講義2(財務・会計)」
  • 「情報ビジネス特別講義3(組織・人材)」
  • 「情報ビジネス特別講義4(戦略)」

知識単位の修得

「A: 情報アーキテクトに必要とされる知識・スキル」の知識単位は1年次の講義・演習型科目の履修によって修得できます。当情報アーキテクチャ専攻では約55科目の講義・演習型科目を開講しています。学生は各自の興味、キャリアプラン、バックグラウンド等から、人材像(ストラテジスト等)と推奨科目を参考に自分だけのオーダメイドのカリキュラム(履修計画)を設計します。当専攻では、これらの科目ごとに単位取得によって修得できる知識単位(第5段階、CCSF小分類)及びレベルを設定し、シラバスの「目的・狙い」の項目に修得できる知識単位及びレベルを掲載しています。各知識単位のレベルは大学院のレベルに相当するレベル2(概ね経験年数4-5年)からレベル4(概ね経験年数10年)に設定しています。以下は、ある授業科目からの抜粋です。

修得できる知識単位:

  • (A1)K-01-01-03 情報に関する理論(レベル3) 計算量
  • (A1)K-01-02-01 データ構造(レベル4) スタックとキュー、リスト、配列、木構造、2分木
  • (A1)K-01-02-02 アルゴリズム(レベル4) 整列、併合、探索、再帰、文字列処理、アルゴリズム設計
  • (A1)K-01-02-03 プログラミング(レベル4) プログラミング作法、プログラム構造、データ型、文法

ここに示されるレベルは以下の設定されています。

  • レベル4: 対象分野での知識・スキルを確立し、対象業務を行うことができる。下位レベルの育成を担当することができ、今後、対象分野の牽引に寄与する準備を行うことが期待される。[ITSS4以上]
  • レベル3: 対象分野の知識・スキルを確立し、対象業務を行うことができる。[ITSS 3相当]
  • レベル2: 対象分野の知識・スキルをある程度確立している。上位レベルの指導下で対象業務を行うことができる。[ITSS 2相当]

各科目のシラバスに示されたレベルはあくまで成績評価4(80点)以上に相当し、成績評価4未満のときは以下の表に従って換算されます。

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設定されたレベルが3で、実際の成績が3であれば、修得レベルは2.5が使われます。 複数の科目から同じ知識単位(第5段階)が修得できることもありますが、集計時には第5段階の知識単位での最高値を使い、学習成果グラフ5軸の第4段階の知識単位の値は第5段階の知識単位の値の平均値を使います。

学修成果の確認

情報アーキテクチャ専攻の学生は自分だけのオーダメイドのカリキュラム(履修計画)を設計し、設計した履修計画からどれだけの知識単位とレベルが修得できるか、あるいは実際の単位取得科目及び成績からどれだけの知識単位とレベル修得できたかを理論上は確認できます。しかし、知識単位が約150項目、人材像が7種類、授業数が約55科目と要素数が多く、計算が煩雑であるため、履修計画及び科目履修を支援し、履修計画から修得できる知識単位を算出したり、あるいは単位取得科目及び成績から修得できた知識単位を算出したり、またグラフ表示したりすることで、狙い通りの知識体系が修得できているか(いわゆる達成度)を常時簡単に確認することができる仕組み(ソフトウェア)も準備しています学修成果表示ソフトウェアは、Google App EngineGoogle社Cloud PlatformのPaaS環境)上で動作しています。以下に学修成果グラフ画面例(抜粋)を示します。学生は集計対象の履修科目あるいは単位取得科目及び成績を指定すると(履修計画段階で、成績が無い場合は評価4以上で計算が行われます)、上位6種類の人材像ごとの学修成果グラフが表示されます。各知識単位(中分類)の最高値は4、最低値は0ですが、グラフではこれらを最高値10、最低値2に変換して描画しています。

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履修計画の作成段階であれば、履修候補の授業科目で、各自の目標の人材像に対して修得すべき知識単位が修得できるかどうか、不足している知識単位を補う授業科目が何であるかを確認できます。修学段階では、修得単位の授業科目及び成績から、現状修得できている知識体系、不足している知識単位を補う授業科目が何であるか、適した人材像は何であるかを随時確認でき、履修計画の修正に反映することができます。従来は学生が修得した知識・スキルを修了要件の単位数、科目名・成績でしか確認・表現ができませんでしたが、新規に定義した知識体系では、当専攻の対象領域の標準指標でCCSFの知識体系に関連付けて詳細に客観的に確認・表現できます。

業務遂行能力(コンピテンシー

2年次のPBL(Project Based Learning)型型科目では、当情報アーキテクチャ専攻独自のPBL教育メソッドにしたがって実際の業務を想定したプロジェクトでの問題解決にあたることで、1年次で学んだ知識・スキルの活用経験を蓄積すると同時に、「B: 情報アーキテクトに必要とされる業務遂行能力(コンピテンシー)」を修得します。これらの到達レベルはPBLの活動・成果の量・質の評価と、あらかじめ定められたRubric評価基準に対する達成度から決定されます。これらに関してはあらためて別途まとめたいと思います。

エキスパート制度

本学では、各専攻でのGPAでの上位3名(相対評価)を成績優秀者として表彰していますが、当情報アーキテクチャ専攻では、さらにエキスパート制度として、修得した科目及び成績評価から算出された学修成果の達成度があらかじめ設定された基準(絶対評価)に対して特に優れた学生には、「最上級(Superior)」、優れた学生には「上級(Advanced)」の表彰を行っています。これらの学修成果の確認と、エキスパート制度の仕組みは、学生自らの高い達成度への目標設定と、学生間の競争が生じることを期待したものです。2013年度からの実績は以下の通りです。

  • H25年度修了生45名、うち最上級4名、上級7名
  • H26年度9月修了生6名、うち最上級1名、上級3名
  • H26年度3月修了生42名、うち最上級3名、上級9名
  • H27年度9月修了生0名
  • H27年度3月修了生35名、うち最上級3名、上級14名

参考文献

以下に関連するドキュメントを列挙します。